2007年8月20日 (月)

同年会

ひさびさのブログです。先週の14日一年間役員として関わった「56会」が無事終わった。一年間は正直長かったが14日は夢のように過ぎ去っていってしまった。それ以来無気力状態が続いている。充実感よりは脱力感がうわまっている感じだ。暑さのせいもあるが、何か没頭できる何かが欲しい。子供も明日から小学校だ。親として見本となるよう頑張らなければ!!!!!

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2006年12月23日 (土)

JAができること JAしかできないこと

H19年度からのプロジェクト会議上でインパクトある企画を作り直せとの指示があった。これが自分のやりたいことだったのだと正直うれしかった。役員の賛成を取り付けるため自分の頭の中にあった大プロジェクトを企画書にぶつけてみたい。ダメもとではないが一部でも取り入れられればいいと思う。しかし課長の一言は大企業病にかかってない課長がいるという所がうれしかった。あとは企画書をどのようにまとめるかだ!!

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2006年12月10日 (日)

大企業病

JAはこの地域の中では一応、質は抜きにして大企業に入るのだろう。それ故風土が如何せんさまざまなことに対して危機感が少ないように感じ、前例踏襲・安パイに流れる等である。私は前例踏襲は一番嫌いである。どのように改革・改善・改良しなければならないかをいつも考えていたい。そしてそれが改悪にならないよう気をつけたい。

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2006年11月11日 (土)

つぶやきゲキさん

「男は夢の中で生きる物であり、女は現実のなかで生きる物である。」何かの文献で書いてあった言葉ですが、夢を語るより現実のダイヤモンドの方がよっぽど価値がある。また本当にその通りと最近特にそう思える。お気楽様だと妻に注意されることもしばしばであるが、やっぱり人間一度の人生。やりたいことをやれるだけやりたい。また後世に残すなにかを作りたい。そうなると我がDNAを背負った子供達に何かを捧げたいと思う。またこの生まれ育ったこの地に貢献したいとつくづくそう思う。

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2006年10月27日 (金)

何故日ハムは勝ったのか?

どうして中日が負けて日ハムが勝ったのでしょうか。それはモチベーションの維持の難しさと流れというものがあったのでしょう。中日は阪神との終盤のもつれのすえやっとのことでセリーグ優勝することで集中力が切れてモチベーションが下がっていた。日ハムは順当にプレーオフ勝つことが出来てそのままの勢いで日本シリーズに入ることが出来た。また第一試合で川上で順当に勝って、二試合目もいい流れで山本で終盤まで勝っていたところを金子の逆転タイムリーヒットが出て流れが完全に日ハムに行ってしまった。その流れを中日は一度も戻すことができないまま終わってしまった。結果論で言うことは簡単ですが二敗で北海道に行くのとタイでホームに向かうので雲泥の差があったでしょう。その点では二試合目がターニングポイントだったでしょう。しかし日ハムよりも中日のほうが日本一から遠ざかっているとは意外でした。そのことを早くから知っていれば私も中日をもっと応援したのですが・・・

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2006年10月25日 (水)

健康が一番

ここ一年くらい古傷の左膝が芳しくないので先々週病院に行った。そして今日MRIにて精密検査に行ってきた。結果は手術するまでもないが定期的に通院せよとのこと。しばらくは運動も控えめにしよう。徹底的に治してまたホノルルマラソンに出たい。やっぱり健康が一番ですね。

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2006年10月18日 (水)

お葬式

親戚の葬式に父親の代理として参列をした。大幡の役になるくらいの近い親戚であったが今日のところはお墓に行くこともなく式が1時間足らず、精進落しも1時間計2時間にて帰宅できた。それでもと自宅にてお茶をいただくことになりお邪魔したが、予定より2時間以上早く帰路に向かった。今は葬式業者主導の下簡単になったものだ。なんともあっけないというか寂しいというかおかげというかというところが実感だ。故人を惜しんで親戚の方たちと話をする時間がもう少し欲しかった。変な話だが自分の葬式は夜遅くまで大勢でドンちゃん騒ぎをして欲しいと願う。大勢の人に囲まれながら惜しまれつつあの世に行きたい。そんな人生を今から悔いのないように生きて行きたいと心からそう思う。

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2006年10月13日 (金)

日ハム優勝!!

長男の豪がファンの日本ハムファイターズが25年ぶりにパリーグを制した。25年ぶりといえば私が15歳中学生以来のことである。私の記憶が正しければ25年前日ハムは日本シリーズにて巨人と対戦して巨人の江川に対し最後の打者がピッチャーフライを打ってしまった。江川がウイニングボールをグラブに収めながらガッツポーズをしていたのを昨日のように思い出す。私は大の巨人ファンなのでとてもうれしかったが,当時の日ハムは監督が通称大沢親分でオレンジ色のユニホームを着ていた。江夏もいた。あれ以来の優勝だ。ずいぶん昔のことである。我が巨人軍は二年連続Bクラスという偉業を達成してしまい、ファンと公言するのも恥ずかしいが人気・強さも復活を願いながらあと何年我慢すればいいのでしょう。なにはともあれ去年のロッテ今年の日ハムといい久しぶりの優勝は何故かホッとするうれしいニュースである。

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2006年10月10日 (火)

最高の日

三日ぶりに仕事に行った。久しぶりの仕事でカッタルかった。すると朝9時頃携帯が鳴った。なんだろうと携帯を覗くと家からだ。「妻からかな?」と思いボタンを押すと学期末休みの長男のうれしそうな声が聞こえた。「お父さんリフティング110回出来たよ!!」びっくりと同時に憂鬱な気分が吹き飛んだ。長男の念願のリフティング100回突破だ。小学校3年生の長男は次男と共にサッカークラブに入っている。何事にも前向きになれない長男に対してどうしたらいいか保育園時代から悩んだ。何か自信になれる事を親の責任で作ってやりたいと考えた。その結果がサッカーのリフティングだった。一年生の春二回出来ない長男に対して大雨の中怒鳴りながら練習していたのを昨日のように思い出す。自分に対してこれで良いのかどうか自問自答しながら毎日練習していた。すると2回しか出来なかったのが一年がかりで10回できるようになった。そして今年の夏に50回。そしてこの秋100回。

子供の可能性を感じたこの3年余りだった。今度は目指せ200回!!

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2006年10月 8日 (日)

不完全燃焼

飯島町文化館の講座の中に「父と子の冒険隊」という親友が担当の企画があるのですが我が鳥居原の山林にて子供の基地作りが行われた。長男・長女は丁度柔道の大会で参加できなかったが次男と共に参加した。基地作りは昔自分も主催者の親友と作ってとても楽しかった思い出があったので本当に楽しみだった。自分達だけの世界は男のロマンなのかも知れない。子供も楽しみにしていた。しかし出来栄えは満足いくものではなかった。二人以上で意思疎通をきちんとしながら物事を行う難しさを感じた。

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